SDGsやサステナビリティを戦略の基軸とする考え方がビジネスのスタンダードになりつつある今、どのようにソリューションをフィットさせながら、事業を進めていけば良いのでしょうか。 位置情報を通じてデータをプラットフォームに繋ぐアプリを提供するUPWARDは、2021年3月3日、「地理空間情報で叶える社会課題の解決」をテーマに国土地理院との対談を開催。 位置情報を活用したSaaSと、150年以上の歴史を持つ国家地図作成機関が生み出す価値共創のアイデアとは。 「Society5.0」時代へのビジネスフィットを目指す、すべての方に伝えたいメッセージを詰め込んでいます。ぜひご覧ください。
【国土地理院 Special対談 前編】地理空間情報で叶える、社会課題解決に向けた価値共創
国連勤務で見えた、グローバル課題の解決におけるマルチセクター連携の重要性
藤村さん、ご無沙汰しております。国土地理院に伺うのはちょうど10年ぶりで大変懐かしい想いで一杯です。今日は、「地理空間情報で叶える社会課題の解決」をテーマにお話をお伺いできればと思います。
まず、これまでの藤村さんのご経歴からお伺いできますか?
私は現在、国土地理院(※)の地理空間情報部で企画調査課長をやっております。
(※)国土地理院:国土交通省に置かれる、国内唯一の国家地図作成機関
国土地理院の職員としても働きつつ、2017年から2019年にかけては、ウェブ地図のテクノロジーを支援する専門官として国連事務局で勤務する機会を頂きました。そこで国境を超えたつながりを経験し、今回のテーマについて、日本に持ち帰れそうな様々な気付きがあったので、ぜひシェアさせてください。
まずお伝えしたいのは、“マルチセクターパートナーシップ”という概念です。国連は、もとは政府同士の外交上の仕組みでしたが、現在はNGOや民間企業も参入し、複数の異なる分野の専門家が努力を結集することを前提としています。
例えば、国連平和維持活動では、加盟国の部隊が自律性の高い形で対象地域に派遣され、国連職員は情報支援をします。活動を支援するために国連職員が用いる地図などを表示するITシステムは、国連職員とともに企業の職員がオペレーションします。私はこの情報支援のITシステムに統合されるウェブ地図の技術に携わっていたのですが、ここで「現場がどう使うのか」という視点が欠けてしまったまま、あるいは運用コストに関する専門的な知識がないままでオペレーションを行なってしまうと、大きなサーバーが何台も必要で、維持管理費ばかりがかかって現場では使われにくいシステムなど、いわゆる箱モノ的なITが出来上がってしまう傾向があります。
この解毒剤となるのが、マルチセクターパートナーシップと、オープンソースの活用です。色々な立場で、角度の異なる知見を持った業界の方同士で会話することで、グローバルな課題が解決されていきます。また、ツールとしてオープンソース(プログラムの元となるソースコードを公開して構築している状態)を活用することで、より価値共創がしやすくなります。
例えば、GISシステムのベンダーにベクトルタイル地図(※)の開発をお願いすると、ものすごく作りこまれた重い地図が出来てしまう。システムのベンダーは運用と距離があるからですね。1個のタイルのデータ量が500キロバイトもあって、活動現場のデバイス環境では遅くて使えない。そのことを伝えても、「デバイスのスペックを上げましょう」という提言になってしまう、という傾向があります。
(※)ベクトルタイル地図:画像ではなく図形情報(点、線、面)で描かれた地図。国内では国土地理院が「地理院地図」をベクトルタイル形式で提供実験を行なっている。
これは、それぞれの専門家の置かれてきた環境や立場によって視点に違いがあるためです。ソフトウェアベンダーはさまざまな機能がもれなく揃ったシステムを作るのがミッションだけれど、サービス企業はオペレーションに沿った確かな仕事をすることがミッションで、国連職員は現地の課題を解決することがミッション。ちなみに国連専門官として私は、例の一枚500キロバイト以上あったタイルを平均で1/10ほど小さくして、ウェブ地図として役に立つサービスにするための作り込みを行なっていました。
(「現地でカンタンに調達できるもので、現場に使いやすい地図ソフトを提供したい」という想いで、シングルボードコンピューターRaspberry Piにソフトを載せた藤村様自作の地図システム。スマホより小さなサイズで、必要があればモバイルバッテリーやソーラーパネルでの使用も可能。WiFiでデバイスに繋ぐことで、すぐ作動できる。)
それぞれに違いがあることを認識して、その違いを対立にせずにむしろ活かしていくことが重要だと思いました。
例えば、いわゆる「国民性」においても、インドの方は議論がうまいし、イギリスの方に英語で勝つのは難しい。日本の私は、月並みですが、細かな作り込みが得意、だと感じました。そういった違いがあるという事実を前提にして関わり合い、違いを上手に組み合わせていくことで価値を生み出していくことが重要だと、国連勤務の経験から切に感じています。
オープンソースソフトウェアの活用というアプローチは色々な人がコミットできるし、展開するときも縦割りの権限に縛られないので楽になりますよね。現地にITに詳しい人がいたらある程度書き換えられるし、ユーザーのニーズが変わってきたときのキャッチアップも速くなります。システムの作る側と使う側の溝を、最初からなくしてしまえる、というのが大きな利点ですね。
いま必要なのは“必要なときに、必要なだけ使える”継続性のある事業
私は今でも「国連Open GIS Initiative」という、国連の業務要件を満たすオープンソースGISツール開発を目的とした組織に携わっていますが、そこで「任期の決まっている国連職員がサービスをゼロから所有しようとしているのは間違っている。事業として私たちが責任を持って運用しているプラットフォームを必要な時に使えば良いのではないか。」という意見を、企業からの参加者の方がおっしゃっていました。
私たち国土地理院も事業を継続的に行うプレイヤーなので、この参加者の意見は正しいと感じます。国土地理院は150年間地図をずっと作ってはいるけど、サービスを継続して事業として行なう、ということについては、事業のオーナーシップを持っている方がやるのが一番良い、と思います。
(国土地理院は明治時代から地図を作り続けており、茨城県つくば市の「地図と測量の科学館」では貴重な古地図も展示されている。)
「事業」がキーワードですね。事業を継続させるということは、一貫性と革新のバランスだと思います。国土地理院は一貫して地図基盤を刊行し続けていること。そして、イノベーションを担うところは、我々のようなIT企業がやるべきと考えています。IT企業はこれからの社会インフラのど真ん中になっていきますし、課題解決インフラという意味での一貫性や継続性もどんどん高まっていると思います。
そうですね。公共機関だと、どうしてもプロジェクトごとに動いてしまうことになるので、企業と納期のある契約をして、成果を納品いただいたらおしまい、となってしまいます。このカルチャー自体は調達の制度に起因するもので、簡単に変更することはできません。しかし、だからこそ、“地図について継続性のある事業を通じて社会課題の解決を行なう”プレイヤーが地理空間情報の活用シーンに入ってきてもらうことで、納期のあるプロジェクトベースのカルチャーの短所を克服できればなと。
継続性のある社会課題の解決、まさにSaaSの考え方ですね。一度ご購入いただいたら終わり、ではなく、ご利用いただいている間にもサービスが日々進化していく。
そうですね。先日国連オープンGISイニシアティブの活動を進める中で、こんなやりとりがありました。
「これまでアクセストークンなしでの無料使用が可能であったサービスのライセンスが変更され、アクセストークンが必要となった。アクセストークンを使うように追従すると、利用量が多くなれば支払いを行わなければならなくなる可能性がある。無償でできる範囲内に確実に収めるために、旧バージョンを使い続けることが可能であるがどうするか?」
「いや、必要な良いサービスにはお金を使って問題ない。高度なサービスならばコストもかかるだろう。自分たちで作れないものは買った方が良い。」
こうしたやりとりを聞いて、国を跨いだ場合のカルチャーの違いを非常に感じました。日本人は真面目過ぎて、「より安い方が良い」の原則から要求仕様を細かく調整して見積書を何度も発行してもらったり、仕事の形を整えるための仕事をする傾向があります。そのこと自体が悪いわけではないのですが、そういった仕事にリソースをかけ過ぎた結果として、本質的な調査・検討・判断に必要なリソースを回さずに済ましてしまう傾向もなしとはしません。結果として、手続き的には完璧だけれども、効率が悪い仕事が生き延びていることがあります。
弊社も昔、国土地理院から地図データの制作などを受託していた際、数値地図など、デジタル化された有益なデータはたくさんあったけど、活用プロジェクトが分かれすぎてしまっていて…。大方針はあったと思いますが、それぞれのプロジェクトの方向性が微妙に異なっていて。しかも入札案件で、「来年はうちが制作するか分からない」となると、その時の仕様書通りに作るしかなくなってしまっていました。
新しい発想とか、長期的な視野というものを、一般競争入札という形式の中で活かしていくことは至難の業です。一般競争入札の受託開発業務を監督し、最終的には納品をいただく中で、「今年できなかったけど、来年やりたい」と改めて来年度の改良仕様を準備しても、実際に来年度に手続きが終わったタイミングでは、発想してから既に1年程度が経過してしまっています。
海外では官公庁も含めて、「サービスに対して対価を支払う」という考えが日本よりも浸透しているように感じました。日本も直近ではクラウド・バイ・デフォルト原則を取り入れましたが、数年使用することを前提として固定費用をかっちりと払うという形から“必要なとき、必要な分だけ”支払う形に切り替えた方が、傾向としてはコストが安くなりますし、継続性も高まり、利用するサービスのクオリティも一般的には高まります。
今ちょうど考えているのが、有事の時の情報共有インフラ、自治体向けの災害時復興支援サービスとして、UPWARDをホットスタンバイ(※)SaaSとして利用してもらうことです。今年の1月に、内閣府の地方創生SDGs官民連携プラットフォームで僕らのクラウドサービスを活用した被災地支援事例が優良事例として認定され、この分野をもっと拡げていけないかな、と模索しています。
例えば国土地理院の提供しているデータを有事の際にいち早くUPWARDへ連携して、すぐハザードマップや復興支援マップとして使えるようにするなど、災害に耐えられるITインフラとして普及出来たら、お互いの価値共創のカタチとして理想的ではないでしょうか。
(※)ホットスタンバイ:有事の際にいつでも活用できるように待機していること
とても良いですね。国土地理院はデータで継続性を重要視していますし、ホットスタンバイのSaaSということは、サービスの継続性を重要視されているということだと思います。ユーザーとしては、主体的に継続性を確保しているプレイヤーのサービスを組み合わせれば安心です。
日本人の作る組織は、どうしても縦割りになりがちです。縦に割って、切ってしまうことで、どうしても1社のサービスだけですべてをカバーしようとしてしまう。そうではなくて、例えばご提示いただいたアイディアのようにして、データ・インフラとアプリケーションの壁を超えて、それぞれオーナーシップが確保されたものを繋いでもらっていくことが重要かと思います。
先ほど申し上げた国連に代表されるマルチセクター連携モデルや、クラウド・バイ・デフォルトによって、こうした壁を突き抜けていく、ということが出来れば、災害大国日本における成功モデルとして海外に発信できますし、そこからフィードバックも得られます。色んな事を見てきた人同士で異なるソリューションを出していき、そこから新しい価値を生んでいきたいですね。
仰る通りですね。公共機関のクラウド・バイ・デフォルト原則におけるSaaSへの移行が、こうした縦割りをなくしていく突破口になり得ると僕らは考えていますし、本気でそれを実行していければと思います。